新しいジーンズを手にした際、驚くほど手に青い染料がついていたということがあるかとおもいます。デニムの色落ちの原因は、そのデニム生地の染め方と染料である藍=インディゴにあります。今回は、ジーンズのアイデンティティでもあるインディゴブルーの謎に迫り、なぜこんなにも色落ちするのか、そもそもなぜジーンズは青いのか、という素朴な疑問の答えを探ります。
インディゴの歴史
インディゴの青藍色は、東アジア、エジプト、インド、そしてペルーなどに古くから生息していた熱帯植物のIndigofera(コマツナギ属)を原料とする染料によるもので、名前は最も古いインディゴ染色の中心地インドに由来します。古代文明でもインディゴは知られており、最も古い染料のひとつだそうです。インドをはじめ東アジアなど多くのアジアの国々で数世紀にわたって用いらており、メソポタミア、エジプト、ギリシャ、ローマ、マヤ、イラン、アフリカなど世界各地でインディゴによる染色の歴史があります。日本でも、「藍染め」として古くから知られていますよね。毛織物の染色に限らず、顔料、医療用、化粧品、印刷にも使われてきました。
インディゴ染めは、原料となる植物の葉を発酵させて染料を作るため、とても手間と時間がかかります。また、均一に染めるのが困難なうえに、染料として長期保存ができないという欠点がありました。そこでドイツの科学者Adolf von Baeyerが1865年に、合成インディゴの研究を開始し、ようやく1883年に科学合成法が解明されました。1897年に、今も名を馳せるドイツの世界最大総合化学メーカー、BASFによって工業的な合成法が開発され、合成インディゴは瞬く間に市場を席巻。1913年には天然インディゴの座は合成インディゴに取って代わっていました。1800年代後期に開発されたインディゴ合成法は、今もなお世界中で使用されています。
リーバイスによる最初の量産ジーンズが誕生したのが1873年。この同時代性は、偶然とはおもえぬ必然を感じます。合成インディゴの生成は、ジーンズの大量生産を可能にし、ジーンズの普及にも一躍をかうのでした。
色落ちの理由
インディゴ染めは、綿糸を染料液に浸透させ、取り出して液を絞ることで空気中で酸化し発色します。一度では色の濃度が薄いため、何度も繰り返し浸しては絞る工程を繰り返すことで、独特の深い青藍色が綿糸に定着してゆきます。染めの特徴として、繊維内部への浸透力が弱いため、染まりにくく、また、繊維への粘着力が弱いため色落ちしやすい、ということがあります。
また、染める糸の取り扱い方により糸の染まり方が変わってきます。ロープ染色と呼ばれる手法は、ロープ上に束ねられた糸が機械に巻き取られる過程で染料の液に浸し空気に触れて酸化させる方法で、糸の中心部分は染まらず、表面に染色する方法です。ジーンズに用いるデニム生地は、この「中白」に染色された糸をたて糸に、色の着いていない白い糸をよこ糸にして織られています。
かせ染めと呼ばれる手法では、輪っかに束ねた糸をインディゴ染料の桶に浸けては絞るを繰り返し、糸の中心まで色を染めて行く方法です。全て手作業によるため、手間ひまがかかり、その分コストもかかります。天然インディゴによる染めはこのかせ染めによるものがほとんどです。
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天然vs合成
藍の葉を発酵させて染料を作るのが天然インディゴに対して、合成インディゴは石油が主な原料です。しかし、天然インディゴをとる際に混ざってしまう不純物を除けば成分はほぼ同じと言われています。天然であることの良さは、自然の青色、その時にしかだせない独特な色と深い発色、そしてなにより手作業の温もりと希少性があります。そのぶん、色ムラや手作業による価格の高さが大量生産には向いていないということで、合成インディゴが開発されました。合成インディゴの利点は、鮮やかできれいな仕上がりが可能で、使うほど味のある色落ちが期待できます。色ムラが少ないため、大量生産が可能で、今ではほとんどのインディゴ製品がこの合成インディゴを使用しています。ジーンズももちろんそのひとつ、というわけです。
ジーンズはなぜ青い
ジーンズの生みの親Levi Straussが最初にジーンズを開発した際、耐久性の高い作業着を作ることが第一の目的であったため、テントや船の帆に使用する頑丈なキャンバス生地を使用し、生地の色も生成りだったといいます。時はゴールドラッシュのアメリカ。採鉱夫の需要に応えるため、また、他の競合他社との差別化を図るために考えついたのが、虫よけ・蛇よけに効くというインディゴを用いることでした。鉱山にいる害虫や蛇による被害がでていたため、害虫・蛇対策は採鉱夫にとって課題のひとつだったのです。藍の葉から抽出される汁には蛇(虫、爬虫類、両生類)が嫌がる成分が含まれており、その効能をLeviは知っていたのです。インディゴブルーに染められた作業着は、汚れも目立たないうえ、なんとも味わいある洒落た作業着に仕上がりました。こうして、インディゴブルーに染められた作業着、ブルージーンズが誕生したのです。ちなみに、染色されたジーンズには虫よけ・蛇よけができるほどの成分が含まれていないためその効果は残念ながらないそうです。
ジーンズの魅力はインディゴ染めだからこそ
糸の表面のみ染色するロープ染色で「中白」に染色された糸をたて糸に用いて織られたデニム生地は、繰り返し洗濯され摩擦されることで、糸のまわりの染色部分が削られ、中心部の白色が現れてきます。これが、ジーンズ独特の色落ち、ヒゲやアタリの正体です。
経年変化を楽しむジーンズの魅力は、このロープ染色による「中白」があるからこそ。虫よけ対策でジーンズにインディゴ染を採用したLeviは、後世の人々が色落ちによるジーンズの経年変化をこんなにも楽しんでいるとは想像もしていなかったことでしょう。そして、インディゴ染めという古から伝わる染料だからこそ、ジーンズがいつの時代も多くの人々に愛され魅了し続けるパンツである所以なのだとおもいます。
是非、次回新しいジーンズを手に取り、染料が手にばっちりうつってしまっても、それもジーンズらしさだとおもってみてください。そこから、あなたとジーンズとの長い付き合いがはじまるんだという、”挨拶”ぐらいにおもってみてください。きっと、ジーンズへの愛着がわいてくるはずです。