以前、「からだが選ぶ服・こころが選ぶ自分」というタイトルで、体型とファッションにまつわるテーマをとりあげました。
体型採寸ボディスーツがもたらす新しい既製服の提案。既製服の誕生とともに生まれたサイズという概念。消費されるファッション、ファッション情報の影響、そして既製服の未来。
実は、この一連のテーマで一番おはなししたかったのは、今回取り上げる、体型に関する人々の意識・価値観についてです。そういう意味では、いままでのおはなしは、今回のためのフリであり前提です。
ファッションと体型の関係を、個性に対する価値観や意識の観点から探ってみたいと思います。
体型と個性
ファッションと体型を語る時、理想の体型として誰もが真っ先に想像するのが、すらりと細長いファッションモデルの体型です。ファッション雑誌を片手にあれこれと流行りのファッションを追いかけていると、自然とモデル体型への憧れを抱き、モデルがかっこよく着こなしている服を自分も着てみたい、と思うものです。
一方現実は、背の高さ、脚の長さ、お尻の大きさ、脚の太さなど、決して雑誌のなかでポーズをとってるモデルとは同じ体型ではありません。ダイエットやトレーニングなどの努力で近い体型になれたとしても、決して同じ体型にはなりません。これは当たり前のことですが、人はひとりひとり違う、ということなのです。
例えば欧米社会にいくと、驚くほどさまざまな体型をした人がいることに気がつきます。人体の不思議に思いを馳せてしまうほど、背丈、お尻の大きさ、お腹のでかた、脚の長さなど、異なるサイズが見事なバランスで人体を形成していることに気がつきます。そして思うのです。『彼らはなぜこんなにも堂々としているのか?』と。彼ら全てが自分の体型に満足しているとは思いませんし、中には体型にコンプレックスを抱いている人もいるかもしれません。過大評価かもしれませんが、しかし、現実の自分を受け入れているように見えるのです。そして、決してファッションに興味がないというわけではなく、自分の体型をスタイルとして理解しているように見えるのです。
これは、価値観形成の過程と関係しているように思います。日本は往々にして集団主義なのに対して、欧米は個人主義です。集団の中で和を尊重し集団の中で如何に自分の義務を果たすことと、個人個人の考えを尊重し個として選択し自律することが重んじられることでは、個に対する意識が違って当然であり、他者への意識も違います。決してどちらが良いということをここで言いたいのではありません。が、同じ体型を持つ人がこの世に二人といないように、同じ個性を持った人もいない、ということは事実です。体型や個性をどう捉えるかということが、ファッションと体型を語る上でもとても重要な鍵になると思います。
居心地の良いからだ
自分の身体に自分自身が収まっていることを心地よく感じたことがあるでしょうか?
自分の価値観や存在に自信がある人は、どんな体型であってもその人であることに居心地が良さそうに見えるから不思議です。極端な例えになりますが、アスリートが良い例です。お相撲さん、レスリング、マラソン選手、競馬騎手。いずれもファッションモデルとは異なったとても特徴的な体型をしています。競技をする上で必要な体作りをしているアスリートにとっては、その体型そのものが自信に繋がります。アスリートでなくても、自分の体の居心地の良さを感じることで、自信がつくことがあるように思います。それがどんなきっかけであっても、自分の体に自分らしく向き合うことがその第一歩です。
からだが選ぶ服・こころが選ぶ自分
既製服のなかから着るものを選ぶということは、限られたサイズの中から自分のサイズに限りなく近いものを選ぶことに他なりません。服に自分の身体を合わせている、と言い換えることもできます。集団主義の傾向にあるわたしたちは、「どうしてこの中から選ばなくてはならないのか」という疑問を抱くことなく、そこにあるものに自分を上手に合わせる術を知っています。
ここで提案です。一着でも良いから流行に合わせて服を選ぶのではなく、流行に左右されない定番アイテムを自分の体型に合わせて選んでみてください。服を着ることの気持ち良さを感じ、自分の体の居心地の良さを知ることが出来ると思います。めまぐるしく変化する流行りのファッションに体型や自分を合わせるのではなく、からだが選んだ服を着ることで自分だけのスタイルを追求することこそ、真のおしゃれなのです。
横須賀ジーンズ商会が提案するジーンズは、体型の変化、特にお腹周りが気になりはじめた40-50代の男性のための、ゆとり機能をもたせたストレスフリーなスリムフィットジーンズです。ジーンズが時代を超えたスタイルであるように、横須賀ジーンズ商会も真のおしゃれを楽しむ人々に長く愛され寄り添いたいと考えています。