映画のなかのジーンズ、シリーズ第3弾。今回は、もしかしたらリアルなカウボーイの世界を描いているのかもしれない、カウボーイ・ムービーの名作「ブロークバックマウンテン」です。
カウボーイとジーンズ
ジーンズの歴史にとって、カウボーイはとても大きな存在です。ジーンズの生みの親、リーバイスがワークパンツとしてジーンズを発展させたのに対し、常に競合していたLeeはカウボーイに受け入れられるジーンズを開発しジーンズを発展させました。それを象徴するかのように、Leeのバックポケットに刻まれるステッチは牛の角を模しています。Leeのカウボーイジーンズは常にカウボーイたちの要望に耳を傾け開発されてきました。
映画「ブロークバックマウンテン」の2人の主人公、イニス・デルマーとジャック・ツイストが穿いているのも、柔らかくこなれたジーンズや、青藍色をしたジーンズらしいジーンズです。底の厚い乗馬ブーツに、革製のカウボーイハット、ダンガリーシャツに厚手のオーバーオールジャケットやボア襟ジャケットといった、ジーンズに合わせるアイテムとしては文句のつけようのない鉄板コーディネートのオンパレードです。
余談になりますが、劇の中盤、ジャックがラングラーのジーンズを穿いているのがわかるシーンがありました。これまた余談ですが、イニス役のヒース・レジャーが穿いていたlevi’s501のジーンズは2013年にオークションにかけられ、21,013ドル(現在のレートで換算すると240万円弱)で競り落とされたとか。今は亡き奇才ヒース・レジャーの出世作であり、映画界の歴史に名を刻んだ作品でもあり、さらにlevi’s501というこれまた不朽の名品ともなれば、この値段がつくのもうなづけます。
大自然のなかのジーンズ
映画の舞台となるのは、アメリカ西部ワイオミング州。眼前に広がった高くそびえる山並み、何千という羊の群れ、緑の大草原、清流、山間部の移り気な天候。響きわたる鳥の囀り、羊のひしめき合った鳴き声と鈴の音、河のせせらぎ、テントに激しく打ち付ける雹の音。厳しさがあるが故の大自然の美しさ。サウンドトラックのアコースティックギターが儚さや刹那さを演出し、映画の奥行きをさらに深めています。雄大な自然の中でジーンズを穿いた2人のカウボーイが子供のように、本気でじゃれ合い、馬に乗り、寝転がり…。どの画面を切り取っても、ほんとうに絵になります。
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厳しい自然の中で出稼ぎカウボーイとして働くイニスとジャックのラブストーリーであるこの映画は、1960~70年代の過酷な季節労働者の実態が伺える映画でもあります。カウボーイたちの厳しい労働環境に耐えうるジーンズ。映画を観ているあいだは、画面にとけ込むような自然な服装ですが、ふと思い返すとジーンズというパンツの普遍性を感じます。
普遍的なラブストーリー
ゲイムービーというカテゴリーがあることがまだまだ偏見があることの象徴なわけで、敢えてここではこの映画は”成就しない男と男のラブストーリー”とカテゴライズしたいところ。実際、公開当初「ゲイ・カウボーイ・ムービー」と評されたことに対し、監督のアン・リーは「普遍的なラブストーリー」であることを強調しています。
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そして、この映画の一番の見所と言っていいのが、主演の2人。なんだかんだいって、ぐっとくるのです。カッコいいというか、胸をつかまれる感じです。不器用で、もの静かな決して恵まれた境遇とは言えない精神的にも物理的にも行き場のないカウボーイ、イニス・デルマーを演じた、奇才ヒース・レジャー。一方、イニスに対する気持ちを正直に前向きに捉え行動するジャック・ツイストを演じているのは、筋金入りの映画一家に育った演技派ジェイク・ギレンホール。カッコいいながらも、その辺にいそうな不器用で寡黙であか抜けないカウボーイを醸し出している所に、魅力と親近感が滲みでているんです。特にヒース・レジャーの演技は、セリフが少ないにも関わらず、表情や仕草、存在そのものでイニスという男が見事に表現されており、映画というフィクションではなく、実在するかのような存在感があるのです。そして、その存在は、観客を画面に惹き付け虜にする魅力に満ちています。
アメリカ西部の保守も保守、カウボーイという男臭い社会では、男同士の恋愛なんて御法度どころか見つかればすぐにリンチされ殺され野ざらしにされてしまうのです。法ではなく社会のルールとして制裁を下すことが正当化されてしまう世界。この映画はカッコいい という言葉では片付けられない、カウボーイ社会の陽のあたることのない、もうひとつの実情が映し出されているように思います。
報われない2人の愛は時間や場所が違っていれば形を変えていたのだろうか?いや、その時その場があったからこそ生まれた愛なのかも?などと考えてしまうのも、この映画が普遍的なテーマを扱っているからこそ。
そうそう、忘れてはいけないのが、ジーンズも普遍的な魅力をもった名脇役としてこの映画を支えています。なんて言ったって、全編出ずっぱりですから!